奈保子的音楽戦略展望
第一期筒美京平シングル作品レビュー
筒美京平さんはビート感のある女性歌手を自らのディスコサウンド普及の為のクイーン
として各時代ごとに指名します。
1975年から1978年は岩崎宏美
1976年は浅野ゆう子「セクシー・バス・ストップ」「恋のハッスル・ジェット」
ニューミュージックブームの1978年から1979年は中原理恵
「東京ららばい」「ディスコ・レディー」「枕詞(ピロー・トーク)」
1980年に宮本典子「ラスト・トレイン」
1981年に山下久美子「とりあえずニューヨーク」 と女性アイドルへの提供は滞りがちでした。
その後時代はアイドル全盛期に入り、1983年から1984年には奈保子さんを指名
奈保子さん以降も1984年の小泉今日子
1985年から1986年の本田美奈子
1985年から1987年の中山美穂 とディスコクイーン選びは続いて行きます。
では奈保子さんに提供されたディスコサウンドはどんなのだったでしょう。
ここでは1983年の二枚のシングルを第一期作品としてレビューします。
「エスカレーション」1983年6月1日発売
作詩:売野雅勇/作曲:筒美京平/編曲:大村雅朗
最初の筒美作品は絶えずうねり続けるディスコサウンド。今様に言えばトランスミュージック的、
当時流行のYMO 的に言えば”脳味噌に刺激を与え続けるダンスミュージック”です。
下敷きにしたのはおそらく、ブロンディの「コール・ミー」
1980年の米国映画「アメリカン・ジゴロ」の主題歌です。
初めての手合わせということで比較的易しいメロディで、骨太いおおらかな印象の曲調です。
そのためか、歌詞が”いかにもな内容”なのに下世話な感じがあまりしません。
全編サビ的でベタな印象な割に曲自体の印象は薄く、ヒット曲歌手としての今後に不安を残す
ことになります。個人的に売野雅勇さんにはチャートインする曲は作れても流行歌は作れないという
気がするのですが・・・。京平さんがそこまで見通して彼を起用したのかどうかは、定かではありません。
「UNバランス」1983年9月14日発売
作詩:売野雅勇/作曲:筒美京平/編曲:大村雅朗
下敷きにしたのはおそらく同年のヒット曲、ドナ・サマーの「情熱物語」
前作と打って変わってハイセンスな仕上がりです。
イントロや演奏は元ネタよりやや格好良く、スピード感抜群です。
奈保子さんは簡単そうに歌っていますが、音域が広く声が休めない歌です。
詞の印象度の薄さは遺憾ともしがたく、チャートイン時期も短い結果に。
ベタな路線にあえて背を向けて、ひたすらハイブローなサウンドを目指す
京平さんの深慮遠謀があったかどうかは定かではありません。
C/W「リメンバー」
作詩:売野雅勇/作曲:筒美京平/編曲:大村雅朗
下敷きにしたのはおそらく、同年公開の映画主題歌、アイリーン・キャラの「フラッシュダンス」です。
”歌詞をA面向け”にすればこちらの方が大衆受けしそうです。
メロ的には定番なのですが。(アレンジは大村雅朗さん) 「スマイル・フォー・ミー」の時のサウンドが
”聖子の二番煎じだ”的な言われ方をしたのをスタッフが気にしていたのか、
京平さんが当初からB面用に準備していたのかは定かではありません。
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